「報告書を見ると、東北や北海道の地域が目立つが、これらの地域が〝核のゴミ〟の処分場のターゲットにされてきた感は否めない」 こう語るのは、旭川大学学長の山内亮史氏だ。 「『処分場』に選定されると、多額の補助金が自治体に落ちてきます。ですから、過疎が進む地域ほど、補助金をぶら下げれば誘いに乗ってくると思っているのでしょう。原発もそうやって作られてきましたが、『核と過疎』は密接に結びついているのです」 山内氏は、’80年代初頭から北海道の幌延町周辺で進められてきた、地層処分に関する調査・研究に真っ向から反対してきた人物だ。山内氏の話から、国や推進機関がどれだけ強引なやり方で「核のゴミ捨て場」を擦り付けようとしてきたかが、よくわかる。 「’80年代初頭、ちょうど地層処分に関する議論が盛んになったころ、時の科学技術庁長官だった故・中川一郎衆議院議員が幌延町を訪ねてきて、『この町はこれから人口が増えるということはないし、新しい産業が出てくることもない。多額の補助金が地元におりるから、廃棄物処分に関する施設の誘致に名乗りを上げてはどうだ』と話をしたのです。 この話は一気に広がり、周辺7町村の大半の住民がこれに反対しました。ところが’85年のある日の真夜中に、動燃が地質を調べるためのボーリング作業を突然開始したのです。これに反対する住民たちを排除するための機動隊まで配備され、逮捕者も出たほどです」 住民の理解を得るのとはほど遠いやり方で、調査が進められることになった。結局、幌延町には深地層研究センターが建設され、現在では最先端の地層処分研究を行う町となっている。
Tea Kichijyoji
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Jun
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スクープレポート 報告書を入手! あらかじめ見捨てられていた東北の被災地 「核のゴミ捨て場」に予定されていた 双葉町・浪江町・釜石・陸前高田 | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社]